「主夫」は召使ではない-「主婦」は家政婦ではないのと同じ
主婦が家政婦では無いように、主夫も召使ではありません。
よく勘違いされます。
「家のことをしてくれる人と結婚したい」
仕事をせずに家に居てくれる相手を求めるという考え方です。
男でよく「妻は家庭に入れ」と言われましたが、家事を苦手とする女性にも同じ傾向が見られます。
家庭の事も仕事もそうですが、誰か一人に任せていたら、必ず疲弊します。
会社でも「属人化を防ぐ事が重要」と言われます。
お互いが、家庭の事をよく知っておくことで、主夫であるパートナーに何かあっても、変わらぬ生活をおくることが出来るのです。
主夫は家事に長けていることは間違いありません。
ですが、全ての家事を主夫である夫のみに掛けてしまうのは、生活する上で非常に危険なのです。
ちなみに、逆も同じです。
主夫の妻でも基本的には「自分の事は自分で」
家事を「主夫」に任せきりだと危険です。
たとえば、主夫も人間ですので病気をします。
インフルエンザやノロにかかり、立ち上がれない・料理が作れないという事がもちろんあります。
家事ができない「妻」の傾向としては、看護をせずに主夫自身が自分で自分の用意をすることになります。
その間は、伝染らないように夫婦別々です。
病気をしている時の自分の看護をする負荷は非常に大きいです。
このような非常事態にそなえ、常に「二人で家事」を心がけましょう。
そして、自分のことを自分で行う癖をつけておくことで、ときよりパートナーが行ってくれる「家事」に感謝することが出来るようになります。
「自分の事は自分で」
これは、生活していく上で非常に大切なことなのです。
「家事をしてくれないと生活ができない」では居ても居なくても同じ
極論ではありますが、「主夫」を養える金があれば家政婦を雇えます。
ちゃんと考えないといけないのは「主夫」である必要があるかどうかです。
「家事をしてくれないと生活ができない」は、代用できるのです。
愛し続けれるパートナーがいて、それがたまたま「主夫」という立場になる。
それにかんして、役目を負わせてはいけません。
それはただの依存で、愛情の搾取なのです。
男も「主夫」で居ることに満足してはいけません。
必ず稼げというわけではありませんが、それなりに社会と接点を持ちながら生活をしていく必要があります。
それを踏まえて、お互いに生活を維持できる環境を整えてこそ、初めて「主夫」や「主婦」が生きていくのです。
依存しては、生活は成り立たないのです。